寅太郎物語~ベラジョンに出会うまで~その3

「ギャンブルは数珠つなぎである」

そんな言葉をご存じだろうか。存じ上げないだろう。俺が作った言葉だ。メモしなさい。俺はパチスロ「モンキーターンⅡ」を打ち、ボートレースに出会いました。まさに数珠つなぎ( ゚Д゚)

今回は、俺が高校を卒業し、専門学校に入った時のことを少しだけ話そうかなと思います。

知っている方もいるかと思いますが俺は保育士の専門学校に3年間通い、今は保育士と幼稚園教諭の資格を持っている。今後活用する予定は今のところないが。。。

入学を決めたきっかけも単純で、子どもが好き=仕事にしたい=保育士になろう。みたいな感じ。

保育士養成校だし女子が多いイメージだったが、入ってみると意外に男子も多く比率としては7対3くらいで女子の方が多かったが実際丁度いい。3年間クラスメイトにも恵まれ、かけがえのない時間を過ごせた。

高校を卒業してできることも増え、20歳になり、酒飲んだり、旅行に行ったり、無駄にオールしてみたり、最高だった。

博打もまた然り。なんと保育士の専門学校なのにギャンブラー男子がわんさかいたのである。ちゃんと知識のある奴や、デビューしたばかりでイキってジャグラー打ってる先輩などなど…なんでそんな学校のギャンブラー事情を知っているかって??

学校のすぐそばにパチ屋があるんだよ!!!

だからそこの専門学校を選んだんだよ(大嘘)。休み時間や下校後は専門学生がそこに溜まるのです。もちろん俺もそのホールの常連でした。30分くらい休みがあれば羽根モノ打ってました。調子いい日は朝一で羽根モノで4000発出して登校。昼休みにサンダーVリボルトで2500枚出して授業に戻り、下校後にデビルメイクライ4でジャックポットボーナスを引き(1/32768)4500枚強出すという無双の日もありました。本当に神がかっていました( ´艸`)そしてちゃんと写真が残っていました(笑)

  

 

そして俺はとうとうボートレースと出会うのである。きっかけは一人の友人でした。そいつは専門が一緒なのに加え中学校も一緒だったのだ。高校進学で離ればなれ、専門学校でまた再会したのである。そいつがずっと授業中に机の下でポチポチボート賭けていやがるんだよ。くそ野郎が。授業中にギャンブルできるなんてたまらねぇじゃんか。こうして俺のギャンブル辞書に「ボートレース」が足されたのである。

続きはまた後日。専門時代の更なる秘話、思い出話を書いていこうと思う。

なんかベラジョンから話が大分逸れてしまいましたが、どこかで軌道修正していきましょう。

 

牛込寅太郎

ドン底からのサクセスストーリー。令和元年10月25日にホームレス卒業。新宿租界のアルバイトから年収2000万円を目指します。

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