寅太郎物語~ベラジョンに出会うまで~その5

「1歩進んで3歩さがる。」

一見後退しているようだがこれは後ろに進んでいるのだ。目的地や目標が常に前にあるとは限らない。

俺は20代でホームレスという人生のマイナスプロモーションをした結果今ここにいる。つまりプロモーションだったのだ。

マイナス×マイナス=プラスとはこの事だな。はいここテストに出ません。

茶番はさておき、久しぶりですね寅太郎物語。

専門学校でボートとパチスロガチ勢になった寅太郎は、ギャンブル無双モード。しかし立ちはだかる学問の壁。そう、しっかり単位を取って試験に合格しないと資格は降りないのである。

しかも保育士資格を取るには保育の現場への実習も必修となる。もちろん俺だってちゃんと実習に行った。

保育園、幼稚園、児童養護施設でそれぞれ長いこと実習をしたよ。

はぁキツかった。

何がキツイって実習日誌だね。

毎日の園の流れとか子どもの動きをこと細かく書いてその担当児年齢に合った考察やらなんやらを書かなくてはいけない。

しかもメモを取ってはいけないところがほとんどなので実習が終わり、帰った後に1日を思い出しながら書かなくてはいけない。

保育園に関しては子どもたちの午睡の時間、子どもを寝かし終えたら1時間ほど休憩があったのでそこで日誌を書くことができた

し・か・し

その休憩中にもギャンブルの誘惑があるのだった。なぜなら

一緒に実習に来た学校の仲間があのボートを俺に教えてきやがったあの野郎だったから。

休憩室は実習生のみの個室を用意してもらっていたが、そこでは本当に好き放題だった。

彼はケータイを取り出したと思うと実習の事をメモするでもなくテレボートを起動。

賭け始めたのであった。

負けらんねぇと俺もそいつと同じ場を賭けて締め切りになれば後はライブを観て応援するだけ。

「おい握っていけよ!!差しじゃ届かねぇよクソ!」静かな実習生室が一瞬平和島劇場のようになった。

そこの園に実習行った時は必ず彼と行ったが、そのほとんどは休憩中にボートをやっていた。

収支はマイナスだっただろう。。

ただこれのおかげでキツくて辛い実習も明るく乗り越えられたのも事実。

もちろん実習が始まればちゃんと絵本読んだり体格を活かして肩車をしたり走り回ったりしていた。

午睡の時間は俺も一緒になって寝ていたが。。。

ギャンブルから少しズレるが本当にキツかった実習は幼稚園実習だった。

そこには2週間行ったのだが、

実習生は俺1人、男の職員はいない。休憩室は無く内職作業も職員室で職員と一緒にやる。

ギャンブルやる隙もなければ息抜きの場所もない。

しかも主任の方が厳しく、怒られまくり、日誌も直されまくり、今日の日誌が終わっても昨日の日誌の修正、次の日の実習が終り、日誌を書いても前日の直しの直し、直しの直しの直し。と、めちゃくちゃ日誌をストックした事もあった。

そんな心折れそうな時の唯一心安らぐ時間が土日だった。

ギャンブルとは関係ないが、金曜日の実習が終わり、夜に友達と待ち合わせ、車で舞浜に向かった。

そう、ディズニーランドである。

現実から目を背けたいときは夢の国に行くしかないんだよね。

夢ならば覚めないで。そう思いながら俺のつかの間のひと時である土日が始まった。

次回「え?夢の国にもATMあるの?入金できんじゃん」「土日後の実習」「児童養護施設実習と悪魔」

の3本立てです。お楽しみに!!! ばいばい!!!

牛込寅太郎

ドン底からのサクセスストーリー。令和元年10月25日にホームレス卒業。新宿租界のアルバイトから年収2000万円を目指します。

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