寅太郎物語~ベラジョンに出会うまで~

やぁみんな。寅太郎だヨ🌞

元気かい❓俺は元気だよ。(‘;’)

皆さんは、最近のカジノの調子はいかがでしょうか。俺は最近は下がり調子で、なかなか俺に見合う台が見つかりません…好きな台は色々あってもまあ勝てない、フリースピン入っても続かない。相性が悪いのかな、、、カジノやめようかな。。

うっそーーーーん(‘ω’)ノやめないよーーー

だって楽しいもん、、急に来るBIGWIN、ジャックポット、あの感覚 忘れらねぇよな!!

もちろん最初からインターネットカジノやってたわけじゃないよ。今日は俺のギャンブル人生を振りかえってみよう。

第1章・・・パチスロとの出会い。。。スロットと出会ったのは中1の頃、地元のゲーセンだった。ギャンブルに興味を持ったのは祖父の影響もあるのかもしれない。祖父はパチンコやら競馬やらをやる生粋のギャンブラーだったのでよくパチ屋には連れていかれてた。今でこそ子どもはホールには入れないけど、当時は普通には入れたよね。今は亡き祖父だが、勝って仮面ライダーの景品をとってくれたのを思い出す。

死ぬ直前まで病室で菊花賞の新聞を読んでた。結局賭けられなかったんじゃないかな?まぁ外してただろうけど。ゴールドシップの年だったかな、知らんけど。

まぁ普通の配当か

話し逸れたね、まぁそんなギャンブラーの血が入った俺がゲーセンで初めて打った台は「主役は銭形」だった。ような気がする。711枚デルやつね。半端ないってぇぇぇ( ゚Д゚)

四号機の爆発力を、若いながら、ゲーセンであれど、知ってしまったのである。

「「寅太郎ギャンブルモード ON」」

始まってしまった。ギャンブル人生の幕開けだ。。。。

と言ってもまだまだ中学生のクソガキ。当然ホールでは打てないのでひたすらゲーセンでスロットとメダルゲームの競馬、ビデオポーカー、ビデオスロットをひたすらやる毎日。

部活終わりはゲーセン!土日もゲーセン!!台風の日は…もちろんゲーセン!!!

終いには高校受験の前期試験が落ちた日も合否聞いたその足でゲーセンへ。。。5千円分のメダルを友達と割り勘して買う始末。

こんなに可愛かったのにな・・・👐

↓↓↓これはアニマロッタってメダルゲームでめちゃ出した時。当時はこのメダルを500枚1000円で売って稼ぎにしていた。なんせそこのゲーセンは1000円で300枚で販売していたので大分お得だったのだ。ただ、このメダルを売って得たお金も結局は俺自身のメダルが尽きた後のメダル代として消えていった。。ずいぶんここのゲーセンの売り上げに貢献したなぁ(´;ω;`)

地元にはここ以外にも多くのゲーセンがしのぎを削っており四号機スロットが多く置いてあるレトロなゲーセンもありました。そこにもよく行っており、秘宝伝や番長、アステカなどを打っていました。花火百景も打っていたんですが当時は訳分からず打っていたと思います。まぁそこのゲーセンは友達がビデオスロットの台をこじ開けてメダルを盗っていたところがばれて仲間内全員出禁になったんですけどね…

そんなこんなで時は過ぎ、幸い高校受験も後期試験で受かり中途半端な公立高校に入れたわけなんですが。

高校に行ってもなおギャンブルの熱は収まるはずもなく、とうとう高1でホールデビューを果たします。        

次回「寅太郎 人生初のホール打ち GOD神々の系譜」

です。

この物語、シリーズものにしたいので今日はさわり程度で、、、頻繁に更新できるようにします💦

オチも決めぬまま始まった寅太郎物語…今後の寅太郎のさまざまな博打との出会いに期待を膨らませて・・お楽しみに(^_-)-☆

 

 

牛込寅太郎

ドン底からのサクセスストーリー。令和元年10月25日にホームレス卒業。新宿租界のアルバイトから年収2000万円を目指します。

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